僕たちの計画はこうだった。
この涼しい顔した光村漸が生徒とただならぬ関係に陥り、それを写真に撮り学校の掲示板に貼りつける。
そうすれば、学内だけではなくてPTAや教育委員会を巻き込んだ大騒ぎになるだろうと思う。
生徒との写真は、卑猥であれば卑猥であるほどよさそうじゃないか?
例えば、キスしてたり、シャツのボタンを外していたり、ブラごと胸を掴んでいたり。
上半身裸になった女子生徒の背中に手をまわしてブラのホックを片手で外していたり。
光村漸の男の部分に手を押し付けさせたりしてもいい写真になりそうだった。
相手は女子でもよかったが、光村の性癖が、男子に向かうという線も捨てきれない。
男子ならば、同じ図でも男子生徒を食い物にする教育実習生の先生というタイトルで新聞に載るかもしれない。
最近の新聞には、野球部の男子生徒がクラブ活動の指導の先生にレギュラーの座をちらつかせマッサージと称してわいせつな行為をしたという悲惨な事件があった。被害者は芋ずる式にでてきて、十年の教師生活で二十人は下らなかったという。
男に興味があり生徒に手をかけるような先生ならば、教育実習という見習い期間に、毒のあるじゃがいもの芽が出ないうちにえぐりとるように、ちょっと日の光に当てて刺激し、沈んだ欲望の芽を出させることで、将来、被害が甚大になる前にごっそりとえぐりとっておこうではないか。
そして、ゆがんだ欲望を世間にさらけださせ、一人の人間が、社会から抹殺されていくのも面白そうではないか?
だから、光村の欲望がどこにあるのか僕たちは見極めようと思う。
普通だと女だけれど、女だといろいろ抑制がかかる。
女子生徒同士の嫉妬に巻き込まれたり、妊娠させたり。
だけど、男子は妊娠の可能性もないし、同性であるぶんだけ踏み込むハードルは低いはずだ。
いや、むしろ真逆で、男同士ならばより高いハードルになるのか?
このあたりはさらに考察する必要がありそうだけれど、まずは光村の欲望のありどころを探ること。
僕の、イロジカケに反応すれば脈があるということだ。
実はこれには決定的な問題がある。
僕が、恋愛に関して経験豊富であるとはいえないこと。
気になる唯一の女の子であるアヤにだって、気のない振りを装いながら目の端でとらえることに全神経を集中しているぐらいで精いっぱいなのだから。
がつがつ女子に向かっていくのはカッコ悪い。そして勇気を振り絞って告白して振られたら、生涯立ち直れないような気がする。
どちらかといえば、適任は三浦和也。
カズヤである。
カズヤは女子と何度もつきあっては別れることを、高校に進学してから五回は繰り返している。
カズヤにとって退屈しのぎは女子と付き合うことで、そしてそれも最近では退屈しているようなぐらいなのだ。
カズヤなら男を落とすことだってできそうだった。
だが今、光村漸の手を掴んでいるのはそのカズヤではない。
本の知識で頭でっかちなトシでもない。
昆虫や動物の交尾の動画を親に隠れてコレクションしているヒロでもない。
授業中、手持ち無沙汰に教科書に落書きをして過ごす、僕なのだ。
素手でつかんだ光村漸の手は僕の手よりも大きかった。
手の甲の肌のきめは粗く、指の関節の皺は深い。手のひらはざらついている。
手の平を見ようと、光村のわずかな抵抗を感じながらも手のひらを返す。
大きな手のひらに、関節はひとつひとつが節ばっている。
両手だと僕の頭などがっつりとつかんでしまえそうだった。
ざらつく正体は手の平や指に広がる炎症だった。
指先の方がひどく赤みが出ている。僕の体温よりも熱かった。
ざらつきを頬に押し付けたい衝動に駆られる。頬にすりつければどういう感覚なのか。
首に滑らせば、指はうなじを撫でるのか。皮膚はざらつきに持っていかれそうになるのだろうか。
僕は、光村漸の手のひらに自分の手を重ねた。
自分の手が小さく感じる。
「……本物は大きい」
僕のつぶやきに中指がピクリと跳ねる。
いつの間にか光村の手は湿り気を帯びている。いや、そうではなくて湿っているのは僕の方?
光村漸は手を引こうとしたが、僕は逃すつもりはない。
指と指の間に僕の指を深く入れて握り込む。
手のひら同士をずるりとこすり合わせた。
「藤崎くん……」
僕は顔を上げた。じっと僕を見つめる目があった。
涼し気で何にも興味を抱きそうにない目が上から僕の顔に注がれていた。
黒よりも薄い虹彩が動揺しているのか揺れている。
虹彩に僕が写っている。
「先生も強く握ってみせて?」
光村漸の口がひらき息を吸った。
その時、先ほどのおせっかいの下級生女子、鈴木が割り込んだ。
光村の手を力づくでぼくから引き抜いた。
「わたしも先生のデッサンしてるんです!藤崎くんだけじゃなくってわたしにも講評ください。先生を触っていいですか?本物にするには触れるのが一番ですよね?」
鈴木はべたべたと服の上から光村を触る。
光村漸は文字通りぎょっとした。ここは美術教室で、僕と光村漸だけがいるわけではない。
突然僕たちの繋がりは分断された。
女子たちが立ち上がり、僕と光村の間に壁となった。
ジャケットを脱がした女子たちから黄色い歓声が上がった。
「君たち、風景画だって描くだろ。空を手で触れられない。梢を渡る風を捕まえられない。夜空の星もつかめない。直接触れることだけが、君たち絵を本物にするのではないんだよ。観察すること、想像すること。これが大事なんだ……」
光村が必死に説明をしている。
僕は椅子に腰を落とした。白けてしまった。
そんな、僕にカズヤが絵をのぞき込むようにして僕の椅子の背に乗り掛かる。
先ほど声をかけた光村のように。
「で、どうだった?お前に脈はありそう?男に反応する男だったかよ?」
僕は首をふった。
何の経験もない僕にわかるはずがなかった。