(81)匂いの記憶

2581 Words

競泳場の外にも歓呼の声が弾け空気を震わせた。 「ひびき、間に合ったんだな」 西野剛は首を巡らし、日々希と北見が走って吸い込まれていった競泳場の建物へ視線をやった。 同時に、同じ歓声からザイードはアジールの飲むであろうペットボトルの水に毒を混ぜ、心不全を装った暗殺計画が失敗したことを悟った。 腕を背中に拘束された状態のまま、頭をコンクリートの地面に擦り付け、むせび泣いた。 ザイードの将来の可能性は完全に潰えたことを知る。 今回の罪状はアジール第二王子暗殺未遂となるだろう。 暗殺者は強制送還されて国内法でさばかれ極刑を下される。 国に残してきた弟たちも連座で処分されるかもしれない。 暗殺できたのなら、大手を振って第一王子の陣営に食い込むことができたのに、ザイードは失敗した。 ひとまず剛はザイードの背中から降りるが、拘束しているジャケットの端は掴んでおくことにした。 ザイードがどのような行動をとるかは予測できない。 「なあ、あんた。非常に落ち込んでいるところ申し訳ないんだけど、あんたの匂いこれはなんだ?何かのお香か?」 剛はザイードに訊く。 この匂いはつい最近は日々希が朝帰りした日に濃厚にまとっていた匂いと同じだった。 日々希から匂ったのはあの時だけ。 しばらく205号室はあの匂いがとれなかったのだけど。 その匂いは記憶を刺激する。 「はは……匂うか?犬並みに鼻がいいんだな」 ザイードは嘲笑った。 「ざけんな!真剣に聞いている」 「知りたければ私を解放してくれ。捕まるまでの間の、わずかな自由がほしい。たとえ戒めを解いたとしても、大和薫英の敷地から逃れることはできないだろ?」 「あほか。俺が解放するはずないだろ。あんたのその匂いは何だ?」 ザイードはあきらめ後ろ手のまま腰を落ち着けた。 その顔は卑屈に歪んでいる。涙と砂でよごれていて無

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