「やばい、本当にやばい~!」 最近の日々希の口癖はそれである。 その声には悲愴感がただよっていた。 同室の西野剛は部屋でも授業の間も聞きすぎて、うんざり気味である。 試験が始まる二週間前となり自習室は一杯で、やばいのは剛も同じだが、日々希ほどではない。 「この公式、意味がわかんない、やばい」 ノートを写していた日々希は呪文にしか思えない数学の公式を、半泣きになって金沢太一に示した。 太一は英語を書取りしていた手を止め、イヤホンを外す。 日々希がぶつかった壁を見て、教科書をパラッと開いて丁寧に説明する。 このノートは太一のノートである。 日々希は先日の数日間、アラブ某B国王子たちのお忍び観光に付き合って授業にまともに出ていない。 本当は太一には授業は簡単すぎて、教科書を見るだけで十分で、ノートをとる必要はないぐらいなのだが、眠け覚ましと日々希のように泣きついて来る友人たちのためだけに、とってやっているようなものである。 その間に通常授業は何事もなかったかのように休んだ者たちを無視して進んでいる。 彼らは四天王とプラスアルファといった、この学校で誰もが認める紛れもなくもっとも影響力のあるものたちなのだが、先生はその他大勢を優先することに決めたようだった。 日々希はひとつひとつの数学の公式に、小石のようにつまずいていた。 そこで、太一は日々希に頼み込まれて自習室に一緒に勉強することになったのだった。 このほわっとした優しい表情の同級生に頼まれると、男であってもすげなく断れる者はいないのではないかと太一は思う。 ようやく日々希の最大の苦手分野の数学が終った。 次は日本の歴史に取りかかる。 日々希の反対隣には西野剛がいて、暗記用のカードを作っていた。 他にも外部からの同期の川嶋や今野たちも、日々希の自習に付き合いつつ、自分の試験勉強に励んでいる