(86)①都会を走ってはなりません

2205 Words

カフェをでると大通りに面したJEUGIAへ向かう。 JEUGIAの前は歩道から店舗の窓に沿って人だかりができていた。 若い男がほとんどの行列であった。 「あっちゃあ、今日はアイドルのイベントか何かあるのかよ?」 外から中をうかがうと、列は中へ続いている。 普段のJEUGIAからはあり得ないほど人の多さであった。 日々希はガラス窓に何枚も横につなげて張られたポスターを見た。 「福井樹里亜、待望の初CD発売記念の限定サイン会だって?」 あの、あなただけにの、ジュリアである。 ポスターの写真のジュリアは、ピンクの唇、胸まであるふわふわヘアにリバティプリントの花柄のお嬢様ワンピースの清楚な雰囲気に、アコースティックギターを抱え、長いまつげで物憂げにこちらを見つめている。 現役高校ということもあり、世間への露出度はほとんどないが、歌とギターの腕前も素晴らしく、今の時代に珍しい清楚なお嬢様な雰囲気の神秘性とも相まって、世の各年代の男性を虜にしたという、新進の若手アーティストである。 日々希はジュリアという名前を知ったのも今日初めてで、どんな顔なのかも初めて知った。 大人びた目をした綺麗な女の子だな、と思う。 日々希が声をかけても、簡単には打ち解けてくれなさそうな、彼女の素顔を見るには必死のアプローチを仕掛けないと駄目だろうなというような、彼女に群がる男性陣をはねのける強固なバリアがありそうな印象もある。 日々希は興味を引かれて彼女の姿が見えないかと爪先立ってみたが、ひとかけらも見えそうになかった。 「サイン、欲しいかも」 あの切なく歌い上げられる声の主が、目の前でさらさらとサインをして、それをはにかんだ笑顔を添えて彼女から手渡しで受け取ることを想像すると、この、ほぼ男子ばかりの行列に並んでもいいかな、という気持になるのが不思議である。 芸能人や有名人と

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