(61)①夏の終わり

1813 Words

日々希が気がついたとき、再び温かな湯の中で体ごと受け止められていた。 「……目が覚めた?」 少しホッとした優しい声が耳元で囁かれる。和寿だった。 こんなに完全に無防備に丸ごと体を預けたことがなくて、日々希はあわてて体をおこそうとする。 身体中に走った痛みにたじろいだ。そっと腕が伸びて引き寄せる。 再び和寿の胸の中にしっぽりと収められた。 日々希のためだけにあつらわれた安全装置。 「急に動いては駄目だ。あれだけ深く、俺たちは愛し合ったのだから」 「愛し……」 先程の睦み合いを思い出した。日々希に痛みと快楽を与え、己の身体を容赦なく貪り食った征服者と、湯のなかで己を慈しみ抱く男とのギャップに戸惑う。 「温まったか?」 ライトが幻想的に洞窟内を照しだす。 二人の影を写して底まで透き通ってみせる水面は、千々に揺れて洞窟の天井に満天の星空のようにきらめかせていた。 「うん。もう、朝?」 「まだ、8時だよ。神主が俺らを祝ってくれるらしいから。もう朝まで二人きりにしてほしいのに、無粋だよな。そろそろでるか」 たった20分の昼寝で、全身の疲労回復の効果があるという。 この涌き出し満ちる湯には力があった。体の奥の芯にまで太古から脈々と流れる大地のエネルギーが染み込んでくる。日々希は体の芯から満ち足りて充実している感覚がある。 和寿の腕のなかで、湯に抱かれて、日々希は自分が完全に自然の中の循環の輪の中にあり、悩みも迷いも戸惑いも、ちっぽけなように思えた。 和寿は日々希を抱えながら立ち上がる。 かいがいしく体を拭かれるのが面映ゆい。 和寿はこんなに優しい男だったか。 かしずかせる側の人間ではなかったか。 和寿は、照れたように口許をほころばせ、日々希の頭に真白いタオルを被せ、拭きにかかる。 「今日は特別ということにしておいてくれ。ばばが言っていたが、竜

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