(10)頭ひとつぶん、飛びぬけるべし

2885 Words

生徒が去ったがらんどうの道場には東郷秀樹が取り残されていた。投げ落とされた形から上半身を起したがそこから、腰が砕かれたかのように立ち上がれない。 彼の前に、すらりとした眼鏡の東郷進一郎が仁王立つ。 東郷進一郎の顔から普段の穏やかさが削ぎ落とされていた。その分、怜悧な顔立ちが際立ち、東郷家の次代の宗長となるべく生まれつき育てられた故の、厳格な性格がむき出しになっていた。 すこし離れた場所で、彼は成り行きをただ見ていた。 誰がどのような動きをするのかを観察していたといっても良かった。人を率いるものは観察眼も持たねばならない。そう東郷進一郎は教えこまれている。 「お前な、東郷の名前を辱しめることはするな、という意味がわかっていないようだな。図体ばかりでかくて、他の成長が追い付いていないんだな。お前のようなヤツを木偶の坊というのがわかるか?」 打ちひしがれる身内に対してかける言葉にしては冷酷である。 「せっかくの北条和寿を正々堂々とお前の友人たちの前で負かせる絶好の機会だったのに、逆に床にころがされているなんてざまはないわ!」 「本当に、申し訳ありません……」 あの、今野を容赦なく投げ飛ばしていた傲岸不遜な東郷秀樹とは思えない、情けなさである。一八〇センチを超える巨体がひとまわりもふたまわりも小さく見えた。 進一郎はそれを冷たく眺め、ふうっとため息をついた。 「お前は我が強すぎて、人の気持ちを慮ってやれないのが欠点だ。北条和寿がでてくるまでにうっぷんを押さえていればよかったものを。あまりに過ぎると弱いものをいじめるヤツとしていずれしっぺ返しされるぞ。その体ばかりが先に大きく育ったのも、力に物をいわせる暴挙に向かわせるのか。いっそのこと、この際弱いものの気持ちになってみるか?」 声に含まれる不穏な色にうなだれていた秀樹が顔を上げた。固めた髪は、もはやばさばさに

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