「北見!和寿をとめないと」 日々希は、すっと輪のなかに入った和寿を見て、取り乱した。 自分の足はすくんで一歩もこの場から動こうとしてくれない。 二年の東郷秀樹の身体は一八〇センチをゆうに超える。体を激しく動かしていても髪は乱れていない。見た目を気にするたちなのか、固くしっかりと整えられていた。 ニキビの散らばる顔は見ようによってはハンサムだが、台無しにするのが人を馬鹿にしたような表情である。 今野の相手は、この数年時折里山に出没していた月ノ輪熊と比べれば、獰猛さや俊敏さははるかに劣る。ひとなぎで顔の肉がえぐられることはない。とはいえ、腕力では和寿も日々希もかないそうになかった。 この公然となされているいじめ同然のしごきをやめさせるには、この熊のような東郷秀樹を力で負かす必要はない。 こんなことをしていても面白くないと思わせればいいだけだ。 その点、東郷に取り入ろうとも思わない平凡な白帯の日々希が今野の代わりを名乗り出れば、東郷秀樹のいらついた熱を冷ますことになると思う。 何回か、豪快に投げ飛ばされる必要はあるだろう。しまいには、今野のようなイビリ甲斐を見いだせず、この馬鹿げた手合わせは終了するだろう。 問題は人の輪の方。 日々希が一歩も踏み出せないのは多くの視線の向かう先にでることだった。 あの視線の中で、受け身をうまくとれるのかが日々希には自信がない。 山中では熊や猪や、手負いの鹿などを相手にするとき、ターゲット以外に気を付けることがある。足場の確認、時に視界をくらます太陽、自分を援護してくれる仲間の位置と彼らの飛び道具。 彼らの視線が、日々希にあの視線の先に立つなと警戒させる。 彼らは明確な敵ではないかもしれないが、完全な味方でもない。 なにかの刹那に変貌することもありえた。 味方は剛。その他にもいるかもしれないが、この三十人ほどの黒帯