その5、闇の深淵から見上げる澪標(みおつくし)

2360 Words

この世の唯一の命綱であるかのように、強張る腕を和寿の首に巻き付ける。 涙でグチョグチョになった顔と心臓の打ちつける音まで聞えそうな胸をすり付けるようにしてすがりつく、傷つきやすいやわな赤子のような日々希を和寿はしっかりと受け止めた。 あやすように和寿は震える背中に腕を回して軽くぽんぽんと叩く。 「ひびき、もう大丈夫だから」 言葉が染み入ったのがわかる、ああ……と、安堵のため息。 日々希の体にさざ波のように最後の震えが走っていく。 腕の中でキツく結ばれた緊張がほわっとほどけた。 和寿はすぐには愛しい体を放さない。 怯える日々希を本人がもう充分だと思えるだけしがみつかせてあげる。 闇の深淵から彼が目指して浮かび上がってこられる、確かな存在感のある澪標(みおつくし)になりたいと思う。 「僕は、また……」 何度か涙を払うようにまばたきをして息をついた日々希は、ようやく和寿から体を放してばつが悪そうに鼻を啜った。 ベッタリと涙か鼻水か、それらが一緒になったものが、シャツでは押し止めきれず、和寿の胸にまで冷たく濡らしている。 京都の町でコンビニ強盗の喉元に突き立てられたナイフに、日々希は我を忘れたのだった。 以前胸の傷痕について尋ねると、ポツリと日々希は話したことがある。 まだものごころがついていないような小さなころ、怪しい集団にさらわれて、己の心臓を邪神に捧げられたことがある、と。 石の祭壇に寝かされ押さえつけられ、文字通りえぐり出されて、角のある神の供物となった。 「普通、それで即死だよね?でも僕は奇跡的に助かったんだ。父が壮絶な儀式の現場に乱入し、二つに分かれた僕の肉体を取り戻して、心臓と僕を氷詰めの仮死状態にして、とりだされた心臓を自家移植したと目覚めたときに聞いたんだ」 そんなことがあるのだろうか、和寿は信じられない。 最新の設備の整った

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