「まだだ」 「なんだって?まだ?」 「警戒を解くのはまだ早そう」 緩みかけた西条の顔が瞬時に厳しく引き締まった。 これで終わったはずがない、気を付けろと日々希の中で警告が鳴り続けている。 日々希の視界は未だに広く細かく鮮やか。 和寿の足元に誰かが逃げるときに蹴飛ばした弓道の道具が転がっていた。和寿は矢筒からから弓と矢を引き出し下向きに矢をつがえていた。 矢の切先はまっすぐに、西川雄治に押さえつけられている黒いパーカー男を狙いを付けようとしている。 西川雄治は、フランク・ミュラーの時計を日々希の送り付けた先輩だということがわかったのだった。 時計は金属探知機に引っかかった。 小包を受け取るときはサインをしなければならない。 サインには同じ名前が何度も繰り返しでてきた。 稲岡隆二。カフェの先輩。 その稲岡隆二はひっそりと木陰に立っていた。 日々希は彼へ顔を向けた。より細かく理解するために。 稲岡隆二は、驚くというわけでもなく、おびえるというわけでもなく。 逃げようというわけでもなく。立ち向かおうというわけでもななく。 ただ、誰でもなく、西条弓弦ただ一人を見ていた。 その目は二つの洞。 どこまでも深く、冷たく、悲しい。 稲岡が水曜日の16時半とつぶやいていたのは、西条が来る時間を確認していたのだった。 日々希の中で全てが繋がった。 稲岡は、エプロンの下から何かを取り出そうとした。 それは黄色いプラスティック製の、小さな固まりの、おもちゃのような、なにか。 金属探知機にひっかからないように、検閲されてもわからないように、別の物と紛れされて、一ヶ月以上をかけてパーツを分けて送らせ、寮の部屋でひっそりと組み立てたもの。 襲撃の二人が失敗したときの最後の手段。 この瞬間動ける者は、西条弓弦、日々希、そして弓を構える北条和寿だけだった。