「そろそろ始めたいんだけど……」 日々希はベッドにアジールを促した。 刻々と時計の針は進んでいく。 ザイードの黒髪は、途中から和寿から放置されてしまったが、半ば乾いた状態で、普段ドライアーなど気が向いたときしかかけない日々希にしてみればもう十分なぐらいである。 現在8時半。10時には終わりたい。 門限内で、90分の全身へのタイマッサージができそうである。 アジールがベッドに向かうとタイミングを計ったように照明が落ちる。 「わたしたちは外にでますので、和寿さんもお控えください……」 「おれはここで終わるのを待つ」 「そういわず、他人がいればリラックスに妨げがあるでしょうから」 和寿とザイードがこぜりあうのを後にして、日々希はアジールの後を追う。 ロウソクの揺らめく明かりだけでマッサージするのは遠慮したいのが正直なところである。 雰囲気が良すぎるのも問題である。なんだか、おかしな気分になりそうではないか? 仰向けのアジールの身体に薄手で大判のタオルケットかけた。 リビングでは、まだザイードと和寿が押し問答している。 埒があかないと思ったザイードが、彼らの主人アザールの意向を確かめた。 「アジールさま、どうしましょうか」 「和寿、外にでていろ」 それで決まりだった。 和寿の渋面が振り返らなくても日々希に思い浮かぶようだった。 日々希にしても、じっとみられながらするのはやりずらいところがある。 マッサージは瞑想に似ていて、意識を外の世界から内側の世界に向ける。 身体は完全に無防備になる。そんな状態になるのを誰かに見られているという感覚は、瞑想に入り込むのを妨げてしまうからだ。 「ナモサタ、パカワト、アラハト、サマ、サプタサ……」 手を合わせ、口の中で触れる人の苦しみや悲しみがいやされますように、とサンスクリット語やパーリ語など今はない