授業を終えると一旦寮に戻る。ブレザーを脱ぎ、スラックスも楽なものに履き替えた。 そして、ムーンバックスカフェに入る。 「おはようございます!」 大きな声で挨拶すると、既に入店している店長とスタッフが笑顔を向ける。 「今日も藤くん元気だね~、よろしくね!」 50代の脱サラ店長は、顎髭を蓄えた顔を柔和に歪ませた。 カフェのアルバイトをはじめて一ヶ月。 メニュー全てを覚え、仕事の手順が頭に入り、コーヒーの固有の短縮IDも覚えた。 カプチーノがC、アメリカーノがAほうじ茶ティーラテHLというもので、組み合わせにより30以上ある。 これが覚えられないと、カウンターの中に入れさせてもらえないのだ。 それまでは店舗内と屋外のテーブル席を拭き、カップを片付け、椅子を整えることを延々と続けることになる。 日々希を指導するのは、二年一般の稲岡隆二といって、この三月からバイトに入ったという先輩である。 たった一ヶ月違いなのに、既にもうベテランな雰囲気である。 対する日々希は生まれてから一度もマクドやミスドを始め、カフェなるものに入ったことがなかったために、特別苦労することになったのだった。 初日に髭の店長に、ET(宇宙人)くんとあだ名をつけられた。 稲岡隆二先輩は、何かに付けて失敗し赤っ恥をかく日々希を、どうしてそういうことになる?と呆れながらもフォローする。次第に呆れるのも通りして「また変なことをやったな!」と笑いを堪えきれず吹き出しても、その都度、稲岡先輩は怒ることなく教えてくれた。 毎日半泣きになりながらも、笑顔で大きな声でいらっしゃいませ!ありがとうございました!と挨拶を頑張る日々希に、お客は徐々に増えだした。 30種類の短縮IDも完璧に暗記する。日々希のいれたコーヒーを店長が合格点をだしてようやく三週間後、本バイト採用となったのである。 「藤くん、例